「龍は……すごく、安心するかな。
傍にいてくれるだけでいい。いつも一緒にいるからそれが当たり前みたいな。 ずっと家族として暮らしてるし、今さら恋愛対象とかには見れないっていうか、考えたことなかった」 「ふーん。でもさ、龍さんが誰かのものになったら嫌じゃない? 急に流華のもとから居なくなったら、どうする?」貴子がニヤニヤと私を見つめてくる。
龍が誰かのもの? いなくなる?
そんなこと、考えたこともなかった。 だって、龍はいつも私の傍にいて、これからもずっと一緒で……。ふと、龍の隣で知らない女性が微笑んでいる姿を想像してしまった。
なんだか、すごーく気持ちが重たくなってきて、胃がムカムカしてくる。「……すごく、気分悪い」
「それって、嫌ってことじゃん」貴子が嬉しそうに、してやったりという顔でニヤッと笑う。
私はわけがわからず、眉を寄せ貴子を見つめ返す。「流華は、鈍感だよねえ。他人の気持ちにも、自分の気持ちにも」
なぜか勝ち誇ったような表情を向ける貴子に、悔しい気持ちが湧いてきた。
「それ、馬鹿にしてる?」
「ううん、別に」貴子がうーんと伸びをする。
そして、爽やかな笑みを私に向けると、衝撃の言葉を発した。「ね、私……龍さんのこと、好きなんだ」
予想もしなかったとんでも発言に、一瞬時が止まった。
私はいったんフリーズしたあと、再起動する。「えっ! そうだったの!?
そういえば貴子、龍によく絡んでたもんね」思い返せば、龍の話をするとき、貴子の瞳は輝いていたかもしれない。
龍がいるとよく話しかけてたし。でも、好きだったなんて……まったくわからなかった。
貴子が龍を好き。龍が貴子を好きなら、どうなる?
チクッ。
あれ? なんだか胸が……痛い?
「あれ、あれ? どうしたのかな、胸が痛い?」
「え! なんでわかるの」祖父の説明によると、 龍を狙ったのは、如月組のことを敵視している組の連中。 以前から龍のことを煩わしく思っていた奴がいて、そいつが今回の事件を企てたらしい。 龍の存在は、他の組の者にとっては脅威でしかない。 喧嘩の強さはいわずもがなだし。 彼が喧嘩で負けたことは聞いたことがなかった、おそらくこの辺のヤクザ連中の中でも最強クラスであろうと思われる。 さらに、彼はとても頭が切れるのだ。 即座に的確な判断を下すことができ、そこに迷いはなく、彼の予想や指示はいつも外れたことがなかった。 皆に慕われ、人を引き付ける人間力。さらには人を従わせまとめる統率力もある。 取り入れることができないなら、始末したいと思う連中は多いだろう。 そんな中、龍を慕っていたあの男を利用し私を餌におびき寄せ、彼を始末する計画を考えた者がいた。 そいつが龍を撃った犯人であり、この計画の首謀者。 というのが事の真相らしかった。 「まあ、あとはわしが始末をつける。龍はなんも心配せんでいい」 祖父は龍に向かって力強く微笑んだ。 この事件の落とし前は、祖父がつけるということだ。 可愛がっている自分の息子同然の龍が傷つけられ、黙っているような祖父ではない。 しかし、その報復を想像すると、相手が可哀そうになってしまう。 いったいどんな目にあわせるのだろう……。 こう見えて、祖父は極道の世界では相当恐れられている存在なのだ。 以前、組の者が謂れなき理由でぼこぼこにされた事件があった。 その後、それはそれは恐ろしい仕返しが待っていたとか、なんとか。 まあ、私は詳細は知らないけれど、こちらの世界では有名な逸話となっている。 龍は祖父に向かって、静かに頭を下げる。「……ありがとうございます。大吾様にはいろいろご迷惑をおかけしてしまい」 「ストップ!」 なぜか龍の言葉をいきなり止めた祖父が不機嫌そうに顔を歪める。
「うおっほん!」 短い口づけは一瞬で終わり、私と龍は咳払いに反応しゆっくりと振り返った。 病室の入口付近。 腕組みしながら立ち尽くす祖父が、こちらをじっと見つめている。「お、おじいちゃん……」 二人の関係がバレるのも時間の問題だし、別にいいんだけど……いきなりキスシーンを目撃されるのは、さすがに気まずい。 どうしたものかと思い隣を見ると、顔面蒼白の龍が祖父を凝視している。 体は硬直し、目は大きく開き、幽霊でも見たような表情だ。 そんな彼が突然大声を出す。 「も、申し訳ございません! お嬢に手を出してしまいました!!」 ベッドの上で激しく土下座する龍。 凄い勢いで頭を下げたおかげで、龍の頭は布団に埋まった。「ぶっ……ぶはははははっ!」 祖父はいきなり吹き出すと、タガが外れたように大笑いする。「ひひひっ、龍、手を出したって、おまえ、なんちゅう表現じゃ。 よいよい、おまえの気持ちはずっと前から知っておったわ。流華の気持ちは知らんかったがな」 祖父は私にウインクすると、こちらへ歩みを進める。「まあ、龍の人柄はわしが一番わかっとる。龍になら流華をやってもいいと思っていた。 あとは流華の気持ち次第、とな。 流華も同じ気持ちなら、わしが言うことは何もないて。幸せになりなさい」 側にやってきた祖父は、私の頭と龍の頭を力強く撫でくり回した。「おじいちゃん……」 「大吾様……」 祖父の大人な対応に感動していると、急に雲行きが変わった。 ニコニコしていた祖父の表情が一気に真顔へと戻る。「だがな、あんまり下心を出すとわしも黙っとらんぞ。いいな、龍」 鋭い眼差しで睨みつける祖父に、私たちの間に一瞬緊張が走った。 さすがというか、やはりこの人の睨みには強烈なインパクトがある。 睨まれた龍は急いで姿勢を正し、ベッドの上で正座する。「は、はい! 肝に銘じます!
「嬉しいっ」 今度は私から龍に抱きついた。 龍の息を呑む気配を感じる。 しかし、すぐにたどたどしい動きと手つきで、龍も私を抱き返してくれる。「龍はさ、私のことずっと前から好きだったの?」「はい、出会った時から……ずっと」 照れくさそうに答える龍が、可愛くて愛おしい。 そんなにずっと想っていてくれてたんだ……。 嬉しい反面、私はふと考えた。 龍は、私と一緒にいて辛くなかったのだろうか。最近はヘンリーのこともあったし。 私は一度少し離れ、もう一度真正面から龍のことを見つめる。「私も、龍のことずっと前から好きだったんだと思う。 でも鈍いから……今まで気づけなかった。ごめんね、辛い思いさせて」 申し訳なさそうに下を向きつつ、上目遣いで見つめる。 すると、龍はゆっくりと首を振って、優しく笑った。「いえ、こうしてお嬢と一緒にいられるだけで幸せですから。 辛いと思ったことは一度もありませんよ。 もちろん、両想いになれたことは本当に嬉しいです。一生、片想いだと思っていましたから」 龍のはにかむ笑顔を前に、私の心は愛しさで満たされていく。 ああ、なんて愛しいんだろう。 この人のことが、愛しくて堪らない。 もしかして、龍もこんな想いで傍にいてくれたの?「……信じてくれて、ありがとう。 ずっと私、ヘンリーのことばかりだったじゃない? 私の気持ち誤解して、信じてくれないかもって心配した」 そう、最近の私は過去生からの気持ちに振り回され、ヘンリーに夢中だった。 きっと龍は、私がヘンリーを好きなのだと思っていたに違いない。 だから、告白をすんなり信じてくれたことに驚いた。 「私はお嬢の言うことなら何でも信じますよ、無条件で。 今までもこれからも、変わりません」 慈し
とうとう言っちゃった。 っていうか気づいたばかりですぐ告白って、軽薄に思われるかな。 つい最近までヘンリーのこと好きって言ってたんだし。 信じてもらえる? 私の心は不安でいっぱいだった。 龍へ視線を向けると、ぽかんとした表情であっけにとられている彼の姿が目に入る。 こんな腑抜けた龍、初めて見た。「りゅ、龍?」 顔の目の前で、ひらひらと手を振ってみる。 すると、はっと気づいたような顔をして、龍が私を凝視した。「そ、それは! 好きとは、あの、家族とか友達とかの好き、ですよね?」 そうくると思った。「違う。ちゃんと恋愛感情の好き」 私がはっきりとした口調で告げると、龍はまた停止する。 なんだか、さっきから止まったり動いたり……ロボットみたいで面白い。「なななっ、なんで! なんでいきなり、そんなっ、今まで微塵もそんな風には」 慌てふためき、取り乱し、しどろもどろな龍。 そんな龍を落ち着けるように、私は冷静に言い返す。「だって、しょうがないじゃない。 私自身ずっと気づいてなかったんだもん。 最近貴子に言われたり、今回のこともあって、やっと気づけたの。 ……何よ、龍は私のこと、好きじゃないの?」 拗ねた表情で問いかけると、龍はおもいきり頭を横にブンブン振った。「と、とんでもないっ! そ、そ、そんな、こんな夢のような展開が起ころうとは。 ……驚きすぎて、何て言えばいいか」 ふと気づけば、龍の顔は真っ赤だった。「龍、顔赤いよ?」「はっ! す、すみません。嬉しくて……これは隠すことができませんでした」 龍は乙女のように顔を手で覆い、下を向いてしまう。 え? 何この反応。 この反応はOKってことでいいのかな?「ねえ、龍&he
龍が愛おしそうな眼差しを向けてくる。 瞳が重なると、また鼓動がドキドキとうるさく鳴り始めた。 どうしよう、なんだかすごく恥ずかしい。 見つめられたくらいで“ときめく”なんて……重症だわ。 私は気を紛らわせるため、先ほど気になったことを聞いてみることにした。「あの……さ。こんな時になんだけど。 龍って彼女とかいるの?」 突然そんなことを聞かれ驚いたのか、龍は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする。 私は恥ずかしくて龍の目を見ることができずにいた。 「いえ、私に恋人はおりません。お嬢が一番わかっているでしょう? 四六時中あなたの傍にいて、どうやって作れると思いますか?」 はっきりとそう答える龍にほっとしつつ、次の質問を投げかけてみる。「そ、そうだよねっ。じゃ、じゃあ……好きな人とかは?」 その質問を聞いた途端、龍の顔から笑顔が消え黙り込んでしまった。 ん? 沈黙……いるってこと? 不安になった私はそっと龍の顔を見た。 真剣な眼差しの龍と目が合う。「お嬢は、ヘンリーですよね?」 なぜか聞き返されてしまった。 もしかして話を逸らされた? 龍の真剣さに押され、私が答えるはめになる。 「う、ん。ヘンリーだと思ってたんだけどね……」 なんだか言いにくいなあ、と声はだんだん弱まっていく。 そんな私を龍は訝しげな表情で見つめてくる。 「思ってた?」「うん……どうやら勘違いだったみたい。 私の過去生の記憶や気持ちとごちゃごちゃになってて、わからなかったの。 前世でヘンリーと私、恋人同士でさ。 そのときの気持ちが流れ込んできて、今の自分の気持ちと勘違いしちゃってたみ
「龍! 龍、気づいたの?」 龍にしがみつき、至近距離から見つめる。 瞳がゆっくりと開いていき、彼の瞳が私を捉える。 力のない瞼を何度かゆっくりと開閉させた後、龍は柔らかく微笑んだ。「お嬢……」 久しぶりに聞く龍の声は、かすれていた。 感情を抑えることができず、私は瞳に涙をいっぱい溜めたまま龍におもいきり抱きついた。「よかったあ、無事で……龍っ」 力を込めぎゅっと抱きしめると、お互いの体は隙間なく密着する。 すると、龍は激しく動揺し狼狽えはじめる。「あ、あの、お嬢」「龍、私、私……」 溢れる想いを言葉に出しかけた、そのとき、「うおっほん!」 突然、祖父の咳払いが病室に響いた。「っおじいちゃん!」 少し離れた場所で居心地悪そうに佇む祖父は、あきれた表情をこちらに向けている。 そういえば、おじいちゃんと一緒だったんだ。と私は今更ながら気づいた。 すっかり存在を忘れていた。 龍が目覚めたことが嬉しくて、脳内から他のことはどこかへ消え去った。 気まずい視線を祖父へ送る。 隣にいる龍も、どこか恥ずかしそうにたどたどしい視線を向けていた。 祖父はゆっくりとした足取りで、私たちへ近づいてくる。 そして目の前で立ち止まると、祖父は龍をまっすぐ見つめた。「よく生きていてくれたな、龍。 ありがとう、流華を守ってくれて」 深く頭を下げる祖父を前に、龍が慌てふためく。「やめてください! 当たり前のことをしたまでです。私はお嬢を守るためなら」 と龍が言いかけたところで、私が横やりを入れる。「いや、死んだらもう守れないじゃない! ……傍にいられないじゃん。 これからもずっと傍で守ってくれるんでしょ? もう絶対危ないことしないで